ああ私がどうしてこんなにも話を知っているか、ですか?
ふふ。どうでもよいではありませぬか。
私はただひっそりと傍観するのみ。
さてお次はぬらりひょん。町に住む、珍しいあやかしにございます。
馴染みの饂飩屋の暖簾をくぐる。
煤けた天井、日に焼けた畳。
地べたとひと続きになった、まるで土間のような廊下は曲がりくねって奥まで続いている。
その両脇には座敷。屋根も縁側も屋内にしつらえてあってまるで外からそのまま座敷にあがっているような気分になる。
給仕のために女給さんがあちらこちらと息つく暇もなく動き回っていて、大変だのうと呟く。
この
それも当然と言えよう。
その代わり、忙しすぎてここでの仕事は長続きしないというのはもっぱらの噂だ。
「相変わらず繁盛しとるの、お前さん忙殺されるんじゃないのかい。」
主人に訊くと、いやあそんなことないよ、ちゃあん休まして貰っとりますから。そんな返事をされる。
「いやいやそんなことあるまい、そうそう饂飩、わしゃああぶらげのせとくれ。」
はいわかりやした、しかし旦那もあちらこちらとお忙しそうで。
「なあにお前ほどではないわ。ところでここはたぬきは出来るのかね。」
またまた旦那ぁ、あっしがたぬきと仲悪いのを知って言ってますね、できっこないですよ。・・・はい、きつね饂飩一丁あがり。
「おほ、これは美味そうな。やはりお前のあぶらげは格別じゃなぁ。」
そりゃあこだわってますからね、おーい誰かぁどんぶり足りねえぞぉ補充しとくれ、ああすいやせんそれにしても最近いろんなことがあってますからね、
はーいどんぶりここに置きますね、それときつねひとつ、ちからひとつ、月見ひとつ追加ですわ。
おう分かった、すぐ出来る。あ、そうそう知ってますか、山三つ越えた向こうの村じゃ今ひでぇ干ばつだそうで。なんでもそこの守り神がいのうなってしまって難儀しとるそうですわ。
「ああ、そういや誰か人喰いの獣に喰われたとか。そうかあの村だったか。」
昔からあの村は不思議なことがあってましたからね、神さんの住む村だー言われてましたけんど、これで終わりですかねぇ。
「さあどうじゃろ。人喰いの獣に神さま喰われたいうて騒いどったのは記憶にあるが、どうなったやら。」
大川の旦那も、喰われんように気ぃつけてくださいよ。わしゃあお得意様がいのうなるのは御免ですわ。
ほら、きつねとちからと月見出来たぞ。さっさと持って行きぃ。
あんた、私に向かってその言葉づかいはなんね!ああ大川の旦那、来てたんですか。ゆっくりしてってくださいな。
「お前さん相変わらずかみさんに頭があがらんようじゃの。分からなくもないが。」
へへへ、面目ない。最近といえば、そう。知ってますか、廓抜けがあったそうで。
「そりゃまたどうして。」
それがねぇ、ようは知らんのですが太夫が抜けようとしたっつーことでえらい騒ぎになっとりますわ。
「捕まったのかい、可哀想に。」
いやいや、捕まっとりゃしませんよ。心中したんですわ、相手の男と。
「心中するほどいれこんどったのか、すさまじいものじゃのう。」
いやいやそれがですね、どうも無理心中だったらしくて。なんでそないなことをしたかと大騒ぎですわ。
「都じゃ鬼がでたとか。あっちこっちが騒がしいのう。」
まったくですわ、もちっと静かに生きたらええのになあ。
「お前さんほど静かに生きとる奴も珍しかろうよ。」
けけけ、まったくですわ。
あんた!手が止まっとるよ、そんなんじゃ饂飩がのびてしまうじゃないのさ!
ああわかっとるわい、そんなこと!こちとら久し振りに会うたんだ、もう少し話しさせろい。
そりゃあわかるけどさ、お客さんを待たせるもんじゃないわ、さっさと作り。
いてぇ、思いっきり叩くんじゃねえや。
「わしはそろそろ出るよ、あともつかえとるようじゃしの。御馳走さん、お代はここに置いとくわ。」
こりゃどうも。また食いに来て下さいよ、
「ああ、また来るわ。どうにもここの饂飩は止められんものでな。・・・そうそう、お前さん化けの皮が剥がれとるよ。」
おっとこりゃいけねぇ。さっきかみさんにはたかれた拍子に戻っちまったい。
旦那、また来て下さいよ。町にあやかしの知り合いなんざ滅多にいねえもんで。
「ああ、また話を聞かせてもらいに来るよ。」
暖簾をくぐって外に出る。
浪人、町人、若々しい娘ごから年老いた老人まで行列は途絶えることなく続いていて、あいつもおかしな奴だとひとりごちた。
どこかに茶でも馳走になりに行くかと呟いて、ぬらりひょんはふらり町中を歩いた。
噂好きなのはひともあやかしも同じこと。
私もあの饂飩屋へはよく行ったものです、あげが絶品なのですもの。
そんなことはどうでもよい、と?
ふふ、つれないのですねぇ。